東武スカイツリーライン梅島駅から竹ノ塚駅まで、足立区内の旧日光街道を歩いてみました。かつて徳川将軍が江戸から日光へと向かった日光社参、行列の休憩所があったのが、ここ足立区の旧日光街道です。
梅島駅から旧日光街道へ
梅島駅の直下を南北に旧日光街道が通っており、北上して竹ノ塚駅を目指す約4kmのコースです。駅前の商店街が終わって環七通りを超えると、旧日光街道感が出てきます。
将軍家御成橋と御成道松並木跡を歩く
梅島駅を出てしばらく歩くと、将軍家御成橋の跡が見えてきます。江戸時代には、徳川将軍が日光へ向かう「日光社参」の行列がここを通ったといわれていますが、今は住宅街に石碑だけが残っています。
ここを、きらびやかな行列が続いていたと思うと不思議な感じがします。
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| 今は石柱碑が立つだけで面影はない |
将軍ゆかりの国土安穏寺を訪ねる
国土安穏寺は、徳川将軍が鷹狩りや日光社参の際に御膳所(休憩所)として利用したと伝えられています。
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| 国土安穏寺 本堂 |
そのため将軍家より「葵の紋」の使用を許され、境内のいたるところに三つ葉葵が見られます。
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| いたるところに三つ葉葵 |
さらに、三代将軍・徳川家光が植えたと伝わる松も残っています。 足立区、なかなか凄いな😲
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| 徳川家光 お手植えの松 |
将軍石が残る島根鷲神社へ
つい“おおとり”と読みたくなりますが、ここは鷲神社(わしじんじゃ)、「島根のおとりさま」として親しまれている古社です。
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| 島根鷲神社 社殿 |
社殿に掲げられた扁額には、公家・鷹司信輔の名が見えます。由緒ある神社であることがうかがえます。
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| 扁額には鷹司信輔の名 |
境内には「将軍石」と呼ばれる石が残っていて、八代将軍・徳川吉宗が腰を掛けたとも伝えられています。
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| 徳川吉宗が腰を掛けたと伝えられる将軍石 |
六月一里塚跡に立つ
島根鷲神社から直ぐとされる六月一里塚跡に来ました。江戸時代には一里ごとに築かれた距離の目印ですが、塚も案内板も見当たりません。
地図を見ながら「たぶんこのあたりかな」と立ち止まるだけです。何も残っていないので写真もありません😓
道標が残る増田橋跡
六月一里塚跡を過ぎると、増田橋跡に出ます。橋はなく、残っているのは道標だけですが、交差点の信号には今も「増田橋」の文字がありました。橋はなくなっても、名前だけはここに残っています。
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| 増田橋跡道標 |
そのまま、旧日光街道を歩いていくと竹ノ塚駅に到着します。3時間、12,000歩。すっかり観光地を歩いた気分でしたが、最後は見慣れた竹ノ塚駅前の風景です。身近な場所にも、こんなに歴史が残っていることに驚きました。
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